去る3月5日、発売1か月足らずで3万部となった『知的生産術』(日本実業出版社)の著者・出口治明氏の出版記念トークイベントが、紀伊國屋書店梅田本店主催で行なわれました。
語られたのは、ビジネス界きっての教養人であり、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)の学長である出口氏ならではの「働き方と生き方の授業」ともいえるものでした。本書のテーマである、“知的生産性の高め方”という視点も存分に盛り込まれたおもしろくて役立つイベントの模様を、前編・後編に分けてお届けします。
後編は「常識を疑うことの大切さについて」です。
「自分の頭で考える時代」に知っておきたい脳のクセ
今や、長時間労働は機械に任されることが多くなってきました。
とあるカップラーメン工場では最新鋭の設備を導入し、従来の半分の人員で4~5倍の生産性を上げているそうです。24時間稼働で、1分間に400個ものカップラーメンを作れるとか。
機械がそれだけ長時間労働をしてくれるので、人間の主戦場は、頭を使う仕事が中心となりました。こうなってから、人間の脳はとても疲れやすいことがわかってきました。
アイディアを出すために考えれば考えるほど、人間の脳はとても疲れるんです。一回の集中力は2時間が限度。その証拠にハリウッドの映画や、大学の授業は人間の集中力に合わせて、1回が90分から2時間に設定されています。
これは仕事も同じで、お茶の休憩を何度かいれるとしても、2時間×3~4回が脳の限界なんですよ。それ以上仕事をしても惰性になるだけで生産性は上がりません。
また、脳はすごく騙されやすくて気分屋であることもわかっています。シアトルにあるアマゾンの本部は遊園地のようにカラフルでユニークな建物で有名です。
これは心理学者や脳学者たちの研究をベースに、人間の脳が楽しくなって、勝手にアイディアを出すようになる色使いをつかっているんです。頭のいい会社は長時間労働なんて望みません。いかに短時間で仕事に集中させて、アイディアをださせるかという競争になってきています。
さらに人間の脳は飽きっぽくもあるので、時々驚かす必要もあります。同じ会社の人ばかりと議論していると行き詰まってしまうのは、脳が退屈しているからなんですね。だから、ダイバーシティーとして、社会にも会社にも学校にも「変な人」をたくさん呼んでこなければなりません。
APUの学生からこんな話を聞きました。高校生のとき、彼女はロングヘアをちょんまげのように頭の真上でまとめていたら、先生に「なんで普通に後ろでまとめないのか」とすごく怒られたと。彼女が「衛生的に髪をまとめていれば、真上でもいいのでは」と言ったら、「社会常識的にわかるだろう」とまた怒られたそうです。
これは圧倒的に彼女が正しいですよね。彼女のような常識を疑うことができる子どもを否定してしまったら、大人になってアイディアなんて出せないですよ。
髪の毛は後ろで結ぶのが当たり前と思っている人を集めても、新しいアイデアが生まれるはずがないですよね。常識を疑う能力がないわけですから。だからこれからは、仕事を合理的に進めるために、自由な発想で考えることがとても大切になります。だから常識を疑って自由な発想で考えることが「知的生産性」を高めることであり、これからの働き方の鍵となるんです。
遊ぶために、好きなことをするために仕事を早く終わらせようと思ったら考えなくてはいけない。そして仕事そのものをよくして、給与をたくさんかせぐためにも考えなくちゃいけない。
「考える変態」であれ
僕がよくいっているのが、高校は「偏差値コース7割」と「変態コース3割」にわけてしまえということです。
偏差値に興味がある子は教科書の勉強を伸ばせばいい。でも偏差値に興味のない子たちはいわば変態的に自分の好きなことをやればいいと考えています。
ただその子たちの受け皿がなかったらかわいそうなので、僕が学長をしているAPUが変態コースの子どもたちを全部引き受けます。大学もそのように個性化していかなければ日本の未来はないですよね。
世の中のスピードはますます速くなってきています。2008年にライフネット生命を創業したとき、スマホの利用者は微々たるものでした。わずか11年前の話です。でも今ではスマホで商売をするのが当たり前で、生命保険の申し込みもパソコンよりもスマホが主流です。こんな未来が訪れるとは、当時どんなに議論しても予想できませんでした。
いくら人間の頭で考えても、技術進化の未来を想像することはできません。だからこそ時代のスピードが速くなればなるほど、物事の本質を根本から考える力が逆説的にとても大切になるんです。
すぐに考え付く知識はすぐに陳腐化してしまう。だから、知的生産がとても大事なんですね。自分の頭で自分の言葉で、社会常識をすべて疑いながら考えない限り、イノベーションを起こすことができない時代だということがいいたかったんです。
自分はどう生きたいのか? 頭を使って考えよう
では、考えるためにどうすればいいかというと、家でじーっとしていてもアイデアはでません。普通の人はやっぱりマネから入るのが一番です。色々な人に会って、色々な人の考えるパターンや発想の仕方をマネする。本を読んで色々な知識を得たり、様々なおもしろい場所に行ってみるのもいいですね。
家のなかでこれからなにが流行るのかを考えるよりも、流行っている場所に行く方がヒントやインスピレーションが得られます。
いつの時代も勉強する方法は「人・本・旅」です。たくさんの人に会い、たくさん本を読み、たくさんいろんな場所に行かなければ刺激を得ることができません。
みなさんモテたいですよね。家でじーっとどうしたらモテるだろうと考えていて、モテるようになりますか? 一番の方法は毎晩合コンにいって、つらい思いをしたりしながらモテる技術を磨くことですよね。
「何が楽しい人生か」というのは人によって様々ですが、僕はやっぱり人間はいつ死ぬかわからないから、死ぬときに後悔がある人生は一番しょうもないと思っています。あれをすればよかった、こうすればよかったなんて後悔したくない。だから僕のモットーをあえていうなら「悔いなし、貯金なし」です。
みなさんにも、悔いなく楽しい人生を送ってほしいです。無駄な時間を極力なくして、広い選択肢の中から自分の人生を選ぶ。そうすればきっと人生は楽しくなるはずです。ぜひ、そういう未来をイメージしながら、頭をつかって知的生産性をあげてほしいと思います。
出口治明(でぐちはるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒。1972年、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画(株)を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命に社名変更。2012年上場。2018年1月より現職。著書に『部下を持ったら必ず読む「任せ方」の教科書』(KADOKAWA)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『「働き方」の教科書』『「全世界史」講義Ⅰ 古代・中世編』『「全世界史」講義Ⅱ 近世・近現代編』(以上、新潮社)、『教養は児童書で学べ』(光文社)、『人類5000年史Ⅰ 紀元前の世界』『人類5000年史Ⅱ 紀元元年~1000年』(筑摩書房)、『早く正しく決める技術』(日本実業出版社)などがある。