大阪のガンコ社長が新入社員に叩き込んだ、リーダーになるための教えとは?
実話にもとづくビジネスストーリー『苦労して成功した中小企業のオヤジが新人のボクに教えてくれた「上に立つ人」の仕事のルール』の1話から3話を限定公開します! 
第1話は「出会い」。

時は平成元年、バブル景気の真っ最中。大阪の古めかしいビルに事務所を構える、地味なビル管理会社に就職した「ボク」は、創業者の会長兼社長(オヤジ)から“仕事の基本”を徹底的に叩き込まれる。その場では理不尽にも思えたガンコなオヤジの教えは、いまの時代だからこそ伝えたい、リーダーになるための原理原則だった──。
厳しくも温かい「オヤジ」と期待に応えようと奮闘する「ボク」の、実話を元にしたちょっと懐かしいビジネスストーリーです。

STORY 01 出会い

初仕事はパシリ

「おい、そこのメガネ」
「何キョロキョロしとんねん。お前や」

それは、入社初日の昼休み、休憩時間中のことだった。
ガリガリに痩せた、眼光鋭い男性が事務所に入ってきたかと思うと、こちらを向いて大声でそう叫んだのだ。
(メガネって……。ひょっとして俺のこと?)
戸惑いながら「はい」と返事をして立ち上がると、こう言われた。
「バナナ買うて来てくれ」

これがオヤジとの出会いだった。

「誰ですか? あの人は」
隣に座っていた先輩に聞いた。すると、先輩は、ボクだけに見えるように机の下で右手の親指を立て、小さな声で言った。
「うちの会長だよ、会長。知らないのか?」
「入社前の面接では、お会いしなかったので」

ボクは、小銭を渡され、バナナを買いに行った。これが社会人としての初仕事だ。
早足でスーパーへ向かいながら、
(初仕事がパシリ。しかもバナナって……。俺は入る会社を間違えたんじゃないか)
心の中でそうつぶやいた。

会社には専任の社長はおらず、なぜかオヤジが会長と社長を兼務していた。
オヤジは51歳。ガリガリに痩せていたが、眼は爛々としていて精気に満ちていた。
(テレビの悪役にいそうな人だ)
第一印象でそう思った。

後から聞いた話だが、オヤジはガンの手術で胃を全摘し、退院したばかりだった。まともな食事が取れず、バナナくらいしか食べることができなかったらしい。

ボクは、バナナを渡した後にあいさつをした。
「本日付けで入社した嶋田です。どうぞよろしくお願いいたします」
オヤジは、無言で右手を突き出し、握手を求めてきた。
ボクは、肉がほとんどついていない骨と皮だけの手を両手で包むように握った。すると、ギュッと強い力で握り返してきた。
(いっ、痛い)
あやうく声が出そうだった。
オヤジは、その鋭い目でボクをじっと見つめて言った。
「頑張れよ」

時代から取り残された会社……

当時、会社の年商は28億円。主に学校や病院のビル管理を行っていた。
事務所は、地下鉄の駅から徒歩30秒。とても便利だけれどお世辞にも、きれいとは言えなかった。「ひまわりビル」というかわいい名前のテナントビルだが、かわいいのは名前だけ。まったく飾りっ気のない、地味で無機質な9階建てのビルだ。

その5階、約200平方メートルの事務所には、昔ながらのスチール製の事務机が並んでいた。パソコンはほとんどなく、タイプライターが置いてあった。
会長の個室もあったが、四畳半くらいの狭い部屋だった。その室内には、大きな木製デスクが一つと古めかしい応接セットがあるだけだ。

この事務所で働く社員は、約30名。ほとんどが中高年の男性だ。
若い女性はおらず、更衣室すらなかった。数人いた女性は、ロッカーの扉を目いっぱい開けて、その陰に隠れて着替えるのだ。
世間では、すでに週休二日が当たり前だったが、休みは日曜日だけ。福利厚生も教育制度も何もなかった。
完全に時代から取り残された会社だった。