企業の成長や生存には絶え間ないイノベーションが欠かせません。しかし、神戸大学大学院の原田勉教授は、「バブル崩壊とそれに続く失われた20年を経験した日本企業が、グローバル市場での競争力を強化しようと米国型コーポレート・ガバナンスを導入した結果、現場から活力が失われ、むしろイノベーションが停滞したといえるのではないか」と指摘しています。
では、企業が持続的にイノベーションを起こすためにはどのような戦略や組織マネジメントが必要なのでしょうか。その点を詳細に論じたのが、原田氏の新著『イノベーションを巻き起こす「ダイナミック組織」戦略』(以下同書)です。
イノベーションを継続的に実現する組織の条件とは何か? 同書の第1章「ダイナミック戦略とダイナミック組織」を中心に、その論考の一部を概説します。
「愚かさ」こそイノベーションの原動力
バブル崩壊以降、いわゆる日本的経営は不況の原因のように扱われ、大手企業はこぞって、カンパニー制やEVA(経済的付加価値)経営に代表される米国型の経営手法を取り入れました。しかしそれによって競争力はむしろ弱まり、かつてのホンダやソニーのような日本企業の現場にあった「必死さ」や「愚かさ」を失う要因にもなりました(スティーブ・ジョブズは「バカであれ、ハングリーであれ」といいましたが)。
愚かさとハングリー精神は、イノベーションの主要な原動力です。なぜならイノベーションには、現状の否定が必要だからです。現状否定は、その時点においては非合理的で愚かなことと受け止められます。それをそのまま愚かだ、と切って捨てる組織にイノベーションは起こせません。
当時のソニーは、すでに「iPod」に似た製品を開発していたにもかかわらず、既存事業との食い合いをおそれて市場に投入できませんでした。イノベーションに必要な愚かさを無くし、現状否定より現状肯定を優先したのです。
あらゆる組織は形骸化する
このようなことはソニーに限りません。あらゆる組織は形骸化する傾向を持ちます。なぜなら、組織のメンバーは時間の経過とともに外部からの刺激に慣れてしまう、要するに飽きるからです。組織の状態はメンバーの心の状態を写します。1人ひとりの活力の喪失が、企業からイノベーションを起こす力を奪うのです。
組織の形骸化を防ぎイノベーションを促進するにはどうすればいいのか? 原田氏はその処方箋として、「ダイナミック組織」への着目を提案しています。静的ではない、動的な組織への転換です。
キーワードは、「組織の共同体化」と「共同体の組織化」という反対のベクトルを持つ2つの運動です。
「組織」と「共同体」の違いとは
企業組織に代表される「組織」とは、ある目的を達成するための手段であり、「機能集団」ともいいます。メンバー間のつながりはあくまでも目的達成における共同作業を通じたもので、それ以上の人間関係は要求されません。仕事とプライベートは明確に分けられます。
一方で「共同体」は、「同じ釜の飯を食う」といった仲間意識によって成り立ち、より一体感や帰属意識が重視されます。典型的には家族ですが、宗教組織やボランティア団体もここに含まれます。
ところで、日本型組織の特徴はこの機能集団と共同体が重なり合っている点にあります。ひと昔前よりは仕事とプライベートの距離は離れていますが、日本企業のビジネスパーソンは会社を共同体に近いものと捉えることにあまり違和感を感じないのではないでしょうか。この点は欧米の契約型の企業社会と異なります。
米国では共同体は家族であって、所属する企業はゲゼルシャフト(機能集団)であり生活の手段にすぎない。それとは対照的に日本では、家族だけではなく企業もまた共同体であり、ビジネスパーソンは2つの共同体に属していることになる。(同書63ページ)