人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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海野宿と海野氏発祥の地

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2011/08/01 10:10

長野県の海野宿に行ってきた。



海野宿


海野宿は近年注目を集めている街並みで、しなの鉄道の大屋駅と田中駅のちょうど中間の千曲川沿いに位置している。江戸時代は北国街道の宿場町だったところだ。



千曲川


江戸時代の主な街道には、並行して旧国鉄の線路が通っているが、先日の東海道由比宿もそうだったように、駅は宿場とは離れた場所に造られていることがある。こうした宿場では、駅から離れたことで経済発展の波には乗り遅れたが、それが幸いして古い街並みが残り、今ではそれをもとに観光地として街おこしをしているところも多い。

海野宿は江戸時代の宿場と、明治時代の養蚕農家が混じった街並みで、「重要伝統的建造物群保存地区」にも指定されている。

さて、海野宿のはずれには海野氏の氏神である白鳥神社があり、その近くには海野氏の発祥地の碑があった。



海野氏の発祥地の碑


海野氏とは、古代から信濃国東部に勢力をふるった氏族で、清和天皇の末裔である滋野氏の子孫と伝え、望月氏、禰津氏とともに「滋野3家」といわれる。源平合戦では源義仲の挙兵に一族が参加している他、真田幸村で知られる真田氏も同族という、信濃を代表する氏族である。

しかし、戦国時代に武田信玄に敗れて滅び、支流である駿河の海野氏が同地で栄えた。現在でも静岡市に集中している名字である。
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